潤う僕たちは加湿器と旅に出た

加湿器のある世界を喜んでみる

2,蒸気機関の復権――レトロテックが支える新時代の加湿技術

time 2025/01/07

電力インフラが健在だったころ、蒸気機関はすでに“時代遅れ”の存在とみなされていた。博物館や観光用の機関車に辛うじて姿をとどめるのみで、実際の産業や生活の現場で使われることはほとんどなかったのである。しかし、大停電によって一気に“電気なしで動く動力源”が求められるようになると、蒸気機関は突如として新たなスポットライトを浴びはじめた。なぜなら、火と水さえあれば大きな力を生み出せる蒸気機関は、まさしく電力喪失後の世界にフィットした技術だったからである。

とりわけ注目を集めたのが、「蒸気による加湿システム」の大規模導入だ。中央に設置された大きなボイラーで水を沸かし、発生した蒸気を管やパイプを通じて各室や建物に分配する仕組みである。かつての空調ダクトと同じように、パイプが街の建物の壁や地下を縦横無尽に走り、必要な場所へ湿度を届ける。このようなインフラは、一見するとレトロなようでいて、電気を必要としないという点で新時代にマッチした画期的な技術でもあった。

しかしながら、蒸気機関には大きなリスクが伴うことも忘れてはならない。ボイラーの爆発事故は、大停電以前の産業革命期にもしばしば見られた大惨事だ。周囲の建物を巻き込むような爆発が発生すれば、もはや事故ではなく災害と言うほかない。そのため、こうした蒸気システムを導入するには、高度な安全基準や熟練の技術者が欠かせない。また、燃料として石炭や木材を大量に燃やす場合は、大気汚染や森林破壊といった深刻な環境問題を再び引き起こす可能性もある。

そこで着目されたのが、地熱や太陽熱など、電気を介さずに熱エネルギーを得られる資源の活用である。温泉のある地域では、温泉熱を利用してボイラーを沸かす試みが行われ、地熱資源に恵まれた土地では地熱そのものを加湿に転用する技術が研究される。たとえば、地下深くから湧き出る高温の温泉水を使い、熱交換器を介して蒸気を発生させ、それを都市や村の建物全体に供給するといったシステムだ。これにより、従来の石炭や薪の消費を大幅に減らすことができ、環境への負荷を軽減する一助にもなる。

また、町工場や職人たちも、蒸気機関をコンパクトに改良しようと試行錯誤を重ねた。自転車ほどのサイズの小型ボイラーで小さな家屋を潤すことを目指す人もいれば、コミュニティスペースをまるごと加湿できる中型機関を作ろうとするグループもいる。大停電前には見られなかった“レトロテック”ブームとも相まって、歯車やシリンダーがむき出しになった無骨な機械が、新しい時代の象徴として注目を浴びるようになった。

蒸気機関による加湿は、あの独特の「シュンシュン」という沸騰音や、立ち上る白い湯気がなんとも郷愁を誘う。電気式の加湿器が発する超音波の機械音やLEDの光とは異なる、“手触り感”のある温かさが、人々の心に安堵感をもたらすのである。奇しくも大停電によって、文明が一段とアナログに傾いたこの世界で、蒸気という古い技術が再び命を吹き込まれる。かつての蒸気機関車が産業革命を支えたように、今度は蒸気加湿が“潤い革命”をもたらすのかもしれない。

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