2024/12/16
大停電は多くの工場を停止させ、自動生産ラインや3Dプリンターによる製造技術を一気に使えなくした。部品の大量生産も難しくなり、複雑な電子回路を組み込んだ製品は事実上生産不能の状態に追い込まれた。しかし、その一方で注目を集め始めたのが“手作業”による製造技術である。伝統的な金属加工や木工、陶芸の職人たちが、自らの腕を駆使して加湿器を作り出す動きが各地で活発化したのだ。
たとえば、木工職人が作った木製フレームに竹筒を組み合わせて水を滴下させる「竹筒式の加湿器」は、そのシンプルな原理と美しさで評判を呼ぶ。上部の竹容器に水を注ぎ、ポタポタと落ちる水滴が下の受け皿で少しずつ気化する仕組みだ。竹の香りや木材のぬくもりが部屋を満たし、加湿だけでなく癒やしやリラックス効果も期待できるとして人気が高い。また、日本各地の焼き物産地やヨーロッパの陶芸工房では、多孔質のセラミックを用いた加湿器が誕生している。水を含んだ素焼きの陶器が、表面の無数の孔から自然に水分を放出することで、柔らかく部屋を潤してくれるのだ。
これらの職人芸による加湿器は、工場製品にはない独特の風合いや「一点もの」の価値を持ち、インテリアとしても高い評価を受けている。さらに、日々の手入れやメンテナンスを通してユーザーが“もの”と対話する感覚を得られることも大きな魅力だ。たとえば、竹筒式なら竹の内側に溜まる水あかを自分で拭き取ったり、陶器式なら表面がひび割れしないよう定期的にチェックしたり――そういった手間を愛情をもって楽しむ人が増えている。
ただし、大規模な空間の加湿にはこうしたアナログな装置では対応しきれないという現実もある。高層ビルのオフィスや病院など、広範囲にわたる空間では自然気化だけでは追いつかず、やはり蒸気機関やバイオマス式の加湿システムといったある程度の大掛かりな装置が欠かせない。とはいえ、職人芸の加湿器には、人々の暮らしを一層豊かにする“個性”が宿っている。
電気文明の時代、私たちは加湿器に限らず、あらゆる家電を「使い捨て」にしてきた傾向があった。故障すれば修理を待たずに買い替えるのが当たり前だったし、次々と新型が発売されるサイクルに乗っかることを疑わなかった。しかし大停電を経て、人々は“使い捨て”ではなく“手をかけて長く使う”という文化に価値を見出し始めている。その背後には、ものづくりのプロセスそのものを尊重する意識や、自然素材との付き合い方を見直す姿勢がある。加湿器という身近なアイテムを通じて、アナログ技術と職人芸の真価が改めて見直されているのである。