2024/12/16
かつて世界のどこでも、電気は空気のように当たり前の存在だった。都市のビル群をはじめ、郊外の一軒家に至るまで、照明や冷暖房を自由に使え、台所では電子レンジがブンブン音を立て、リビングにはテレビやコンピューターが並ぶ――そんな生活が日常だったのである。しかし、原因不明の巨大太陽フレアやエネルギー資源の枯渇に端を発した世界的なエネルギー危機が相次ぎ、「電力」というインフラは突如として崩壊してしまった。もはや電灯がつくことはなく、夜の街は闇に包まれ、日が沈めばロウソクやランプの明かりを頼りに過ごすしかない。
この未曾有の事態により人々は多大な不便を強いられたが、その中でも意外なところで深刻な影響が表面化したのが「加湿環境」の悪化である。冬の寒さや乾燥地域の過酷な気候において、これまでなら電気式の加湿器を利用して室内環境を整えることが当たり前だった。しかし電力がなくなったことで、喉や肌を守る手立ては急激に失われてしまったのだ。乾燥がもたらす肌荒れや体調不良、感染症リスクの増大は深刻で、医療機関もまた、電気を使えないために高度な機械類が動かせず、思うように患者を救えない状況が続いた。
そんな中、人々は古来の知恵に回帰しはじめる。ストーブの上にやかんや鍋を置いてお湯を沸かし、湯気を室内に放出する――まるで電化製品が登場する前の時代に逆戻りしたかのような光景だ。最初はやむを得ない措置として行われていたが、次第に「電気なしでも加湿できる仕組みを本格的に作れないだろうか?」という声が各地で上がりはじめる。やがて火力や歯車、手回しポンプといった“アナログ技術”を駆使して、新型の加湿器を開発しようと挑む動きが活発化していった。
初期の試作品は、薪オーブンや石炭ストーブの上に鉄鍋を置き、水をコトコト煮立たせて蒸気を室内に送り込む程度のシンプルな仕組みだった。しかし、大学や町工場の技術者たちが集まって知恵を出し合ううちに、加湿器はどんどん進化していく。かつての電気文明では必要とされなかった蒸気機関や手回し式のポンプが再注目され、歯車で駆動させる噴霧装置や、低温の蒸気を安定供給する小型ボイラーが開発されるなど、かつての“常識”とは全く異なる方向でイノベーションが起こり始めた。
これらの“新型アナログ加湿器”は複雑なメンテナンスを要し、燃料の確保が必須という課題はあるものの、逆にいえば燃料さえあれば電気なしでも動かせる大きな利点を持つ。さらに、それぞれの地域で独自の工夫や改良が加わり、木炭や薪を主燃料とするもの、農業廃棄物をバイオマスとして使うものなど、まるでその土地固有の工芸品のように多様化が進んだ。ある寒村では木炭から安定した熱源を得るシステムが主流となり、別の地域では麦わらを燃料にしながらも、自転車のペダルでポンプを回すハイブリッド方式が生まれる――といった具合である。
こうした動きは、電気というインフラに強く依存していた時代に比べると、はるかに手間や労力がかかるものの、それだけに人々の暮らしの中に“ものを作り出す楽しさ”や“手を動かす意義”をもたらした。人々は口をそろえて言う。「電気がない世界でこそ、部屋を潤すことの有り難みを強く感じるんだ」と。まさに、かつてはぜいたく品だった加湿器が、いまや生活必需品かつアナログ技術の粋を集めた“新たなテクノロジー”としてよみがえる瞬間である。