2024/12/16
大停電後の世界において、「電気がなくても回せる」装置は貴重な存在である。水を汲み上げるにも、空気を送るにも、かつてはすべて電動モーターを介して行っていたが、その仕組みが一夜にして崩れ去ってしまった今、人々は人力に目を向けるしかなかった。なかでも比較的身近な乗り物であった自転車やペダル、手回しクランクを活用することは、意外なほどに多用途であることがわかり、加湿器分野にも応用されるようになる。
仕組み自体は至ってシンプルだ。自転車やペダルを漕ぐと、その回転運動がポンプに伝わり、水タンクから吸い上げられた水が霧状に噴出される。さらに余った力で小型のファンを回転させ、室内に勢いよく拡散するよう設計すれば、立派な“人力加湿器”が誕生するのである。電気を一切使わずに済むため、燃料の手配やボイラーの火加減を心配する必要もない。問題は、これを動かすための“人の体力”が必要だという点だ。
しかし、この人力加湿器は「エクササイズ」と「実用性」の両立を実現した装置として注目を集める。スポーツジムでは、トレーニングバイクにこのポンプ式の仕掛けを取り付け、利用者が運動すればするほど空気が潤うシステムを導入するところも出てきた。運動によって汗をかきながらも、同時に室内が快適な湿度になるのだから一石二鳥だ。イベント会場でも、来場者が交替でペダルを漕いで加湿する“参加型アトラクション”が人気を博しており、体を動かす楽しさと環境改善を同時に味わえる取り組みとして評価されている。
その一方で、人力に頼るには限界もある。高齢者や体に障害を抱える人々が長時間自転車を漕ぐのは難しく、医療や介護の現場での使用には向かない面も大きい。湿度を安定的に保たなければならない場所では、やはりある程度の自動化や機械式の仕組みが不可欠だ。こうした事情から、大規模施設では蒸気機関やバイオマス燃料を使用した加湿システムが優先されることも多い。
それでも、人力式の装置が示した意義は決して小さくない。「電気がなくとも、人間の体の動きからエネルギーを取り出すことができる」という事実を改めて思い出させてくれたからだ。大停電前の時代、私たちは何をするにも電気に依存し、充電や電源プラグの存在が当たり前だった。だが、今や体を動かすことそのものがエネルギー源となり、乾燥から喉や肌を守ってくれる。この“自力で潤いを生み出す”発想は、人々に自己効力感を与え、コミュニティ全体のモチベーションを上げるきっかけとなっている。