潤う僕たちは加湿器と旅に出た

加湿器のある世界を喜んでみる

2. 忘れられた記録と調査の始まり

time 2024/12/16

翌日、俺は上司に言われた通り他のフロアの点検を一通り済ませたが、どうしてもあの加湿器の存在が頭から離れなかった。そこで昼休憩の合間を縫って、ビルに関する古い資料を漁ることにした。建築図面やテナント履歴を扱う管理室には、埃を被ったファイルが山積みされている。その中に、このフロアに関する記録があるかもしれない。

資料室は薄暗く、蛍光灯は点滅しがちだ。ファイルに目を通すたび、古紙の匂いが鼻を突く。やがて、一冊のファイルが目に留まった。「湿度制御実験室運用報告書」と表紙にある。年代は今から30年ほど前。このビルがまだ新しかった頃に作成されたものらしい。中を開くと、湿度管理に関する技術的な記述や測定データがびっしりと並んでいる。だが、その中に「加湿器」という単語が何度も出てくるのだ。

どうやら、このフロアは特殊な目的で使われていたようだ。当時は空気中の湿度を精密に調整する研究が行われていた。患者らしき個人データや、定期的な湿度測定結果、気管支炎や肺疾患の改善傾向など、医療目的が強く示唆されている。一方で、特定の薬剤を気化させ、微細な水粒子とともに吸引させる「治療実験」についての記述も散見される。その中心的な装置が、あの大型加湿器であった可能性は高い。

気になるのは、その報告書の終盤で、急に記録が途切れる点だ。担当者の名前が消され、最終ページには赤字で大きく「中断」のスタンプが押されている。何が起きたのか。なぜ中断せざるを得なかったのか。さらに、不自然なのは、加湿器の製造元として記されている「SHIKI KOGYO CO.」という会社だ。この会社についての情報は他の資料に全く見当たらない。まるで最初から存在しなかったかのように、全ての痕跡が薄れている。

俺は午後の作業をそこそこに切り上げ、再びあの「立ち入り禁止」のフロアへと足を向けた。今回は懐中電灯と携帯用の工具も用意している。何か仕掛けがあるなら、加湿器の内部を覗いてみる価値があるだろう。

夜半、チームメンバーは既に帰宅し、ビル内は静寂に包まれている。足音を忍ばせ、あの加湿器のある場所へ戻ると、昨日と変わらぬ姿でそこに佇んでいた。だが、今日はわずかな音が聞こえる。低い、かすかなモーター音のようなもの。電源はどこから? 壁の穴に続くコードの先には何がある?

工具で加湿器の側面パネルのネジを外し、中を覗くと、古びた機械部品やフィルターが詰まっていた。驚いたことに、中には小型の制御盤があり、赤いLEDが微弱に点滅している。死んでいない──この加湿器はまだ機能を持ち、何かを制御しているようだ。

この制御盤には文字が刻まれていた。「臨床実験モード:停止中」「換気ルート:閉鎖中」。明らかに医療実験用の特別なプログラムが組まれている。もしこれを再起動すれば、何かが起きるかもしれない。俺は一旦蓋を戻し、明日さらなる調査をしようと決心した。もう後戻りはできない。あのファイルが示すように、ここには何か重大な秘密が隠されているに違いない。

 
 
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湿り気の記憶

目次:

1. 閉ざされた廊下と巨大な加湿器

2. 忘れられた記録と調査の始まり

3. 奇妙な蒸気と記憶の断片

4. 研究者たちの野望と封印の理由

5. 再起動と解放される記憶

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