潤う僕たちは加湿器と旅に出た

加湿器のある世界を喜んでみる

3. 奇妙な蒸気と記憶の断片

time 2024/12/16

翌日、俺はさらに大胆な行動に出た。このビルのオーナー代理人らしき人影を捕まえ、遠回しにこのフロアと加湿器について問いかけてみたのだ。細身で神経質そうな男は、俺の質問に露骨に嫌な顔をし、曖昧な返答しか寄越さなかった。「あの区画は契約上問題があって、まだ開放できない」「加湿器? さあ、古い設備でしょう」。それ以上聞くと、顔を背けるように去っていった。何か後ろ暗いことがあるのは明白だった。

夜更け、俺はついに加湿器を試運転させることを決意する。制御盤のスイッチをいじり、電源が入る配線を確認した。奥へと伸びるコードの先は、壁裏に設置された非常用バッテリーか何かに接続されているらしい。長年放置されていたにもかかわらず、まだ電気が供給されていることは不気味だった。

俺がスイッチを入れると、内部で小さなモーター音が高まり、加湿器の上部から微量な蒸気が立ち上り始めた。その蒸気は普通の水蒸気とは違う気配を帯びている。薄い、しかし明らかに存在感のある香りが漂い、鼻腔を刺激する。その瞬間、不意に頭がぼんやりし、遠い昔の記憶が呼び起こされるかのような感覚に襲われた。

まだ幼かった頃、冬の乾燥した朝、母親が小さな加湿器を炊いていた場面が脳裏に浮かぶ。温かい蒸気が部屋を包み、鼻や喉が楽になる感覚。あれは何十年も昔のことだ。それがなぜ今、こんな場所で思い出されるのか?

蒸気はゆっくりと廊下に拡散し、壁紙にほんのり湿り気を帯びさせ、そして奥へと消えていく。俺は懐中電灯でその先を照らした。すると、以前まで固く閉じられていた扉の一つが、微かに軋みを上げるように動いた気がする。湿気が膨張させたのか、それとも扉が錆びついた蝶番をわずかに解放したのか。

好奇心に負け、扉に手をかける。すると意外なほど簡単に開いた。中は小さな観察室のようだった。床には古いファイルやカルテが散乱している。ホコリを払いながら拾い上げると、そこには患者たちの呼吸器系データが並び、最後には「被検者は加湿環境下での精神回復傾向あり」と記されている。精神回復? 加湿環境が心身に及ぼす効果を測定していたのか。

部屋の奥には小さな椅子と机があり、そこにもメモが残されている。「加湿器の蒸気により、被験者は幼少期の記憶や心の安らぎを取り戻す傾向が見られる。しかし、過剰な使用は幻覚を誘発し、精神不安定を引き起こす可能性がある」。これは治療か洗脳か? この実験は何を目的としていたのか。

鼻腔に漂う蒸気の匂いが強まり、頭が少しふらつく。危険を感じた俺は、一度加湿器のスイッチを切り、部屋から退出した。冷静にならなければならない。この加湿器は単なる機械ではない。人間の精神や記憶に干渉する奇妙な装置だ。俺はこの謎を解き明かさなければならないが、そのためにはさらに奥へと踏み込む必要がありそうだった。

 
 
———————-
湿り気の記憶

目次:

1. 閉ざされた廊下と巨大な加湿器

2. 忘れられた記録と調査の始まり

3. 奇妙な蒸気と記憶の断片

4. 研究者たちの野望と封印の理由

5. 再起動と解放される記憶

お知らせ