潤う僕たちは加湿器と旅に出た

加湿器のある世界を喜んでみる

4. 研究者たちの野望と封印の理由

time 2024/12/16

翌日、外は乾燥した風が吹き、廃ビルの周囲は殺風景な光景が広がっていた。この地域はかつて肺疾患を患う人々が多かったらしい。排気ガス、粉塵、公害──様々な要因で呼吸器を痛めた患者が溢れ、当時の医療陣は必死で改善策を探っていた。その中で浮上したのが「加湿療法」。しかし、それは単なる加湿ではなく、特殊な薬剤を水蒸気に溶かし、人間の精神や記憶へ影響を与えるほどの特殊なミストだった。

俺は再び資料室に潜り込み、さらに深く関連記録を探した。すると別のファイルが見つかった。「SHIKI KOGYO CO.内部覚書」と書かれた茶封筒だ。中には、当時の研究者間のやり取りが記録されていた。そこには、いくつかの衝撃的な情報が記されている。

「被験者たちは加湿ミストにより一時的な精神安定を得たが、長期的影響として自我の混乱や記憶改竄が確認される」「特定患者群では、幼少時の安らぎ記憶が強調され、トラウマ緩和が見られたが、同時に現実認識の希薄化が発生」「治療か、兵器か。この技術は使い方次第でいずれ人間を操る道具ともなり得る」──研究者たちは倫理的な逡巡と欲望の狭間でもがいていたようだ。

最後のページには、極めて不穏な一文があった。「上層部の決定により、実験は中断され、施設は封鎖。加湿器は封印すること。記録は秘匿し、再利用は絶対に行わないこと」。つまり、あの「立ち入り禁止」のフロアは、研究が失敗に終わり、危険性が認知された段階で放棄された区画だったのだ。

しかし、なぜ加湿器は今なお微かな動力を得て、あの空間に存在し続けているのか? 誰が、何の目的で、この状態を維持している? オーナー代理人の態度も気になる。もしかすると、誰かがこの技術を再び利用しようと狙っているのかもしれない。

俺は新たな決意を固めた。あの加湿器を完全に停止させ、封印するか、あるいは安全な形で無害化する必要がある。もしこの装置が再び稼働し、人々の心を乱すような事態になれば、過去の悲劇が繰り返されるかもしれない。だが、そのためには加湿器の詳細な制御方法を知る必要があった。

あの観察室、そして通路の先にあるまだ開けていない扉があるはずだ。そこに加湿器の管理端末や、最終的な実験結果が残されているかもしれない。俺は再び夜のビルへと入り、正面からその装置と対峙するつもりだった。乾燥した世界で、湿った秘密が朽ちることなく残されている。この奇妙な加湿器を中心に、過去と現在が交錯しようとしていた。

 
 
———————-
湿り気の記憶

目次:

1. 閉ざされた廊下と巨大な加湿器

2. 忘れられた記録と調査の始まり

3. 奇妙な蒸気と記憶の断片

4. 研究者たちの野望と封印の理由

5. 再起動と解放される記憶

お知らせ